食後、局長の近藤に薬湯を持ってゆくことを、セイはここ最近の日課としていた。
頻繁に行われる幹部徴集、よく訪れる会津藩からの使者、そしていつも以上に不機嫌な鬼副長。否が応でも感じられる張り詰めた雰囲気の原因が気になってはいるが、一平隊士の自分が首を突っ込むわけにはいかない。それなら、自分の出来る事をして、少しでも先生方の重荷を減らそうと思った結果の一つが、局長に胃腸薬を煎じた薬湯を手渡すことだった。セイの予想通り、近藤の胃は不調であり、薬湯は喜ばれた。
そして、今日もいつも通り、夕食後にセイは薬湯を持って、局長室へと向かった。
が、中からは、複数の気配。
・ ・・少し時を置いてからまた来ようか、いや、局長の胃を考えると今渡したほうが・・・。
立ち往生してしまったセイの気配に気付いたのだろう、中から、優しい声がかかる。
「そこにいるのは神谷君だろ?遠慮することはない。入っておいで。」
何とも、気まずい思いを抱えながら、障子を開けたセイの目に入ってきたのは、幹部た
ちがずら~っと車座になっている様子だった。
思わず、盆を落としそうになる。
「神谷さん、こちらにお座りなさい。」
半ば、放心状態のセイは、総司の言葉に我に返った。
いつもの笑顔で、自分の隣の畳をトントンと叩いている総司の言われるまま腰を落としたセイに皆の視線が集まる。
・ ・・何かお咎めを受けるようなことをしたのだろうか?・・・
良くない思いが、頭の中をかけめぐった。
「神谷さん?」
セイの目の前で、ひらひらと手を振る総司。
「はっはい!!」
「どうかしましたか?」
「あっあの、局長に薬湯をお持ちしたのですが、皆さん、お集まりだったとは思わなくて。・・・・・・何か、私、お咎めを受けるような事をしたのでしょうか?」
うつむき、しどろもどろ言葉を口にするセイに副長の土方が、にやりとした笑みを向け、更に煽らせる。
「神谷よ、よ~く、てめぇの胸に手を当てて考えてみな。思い当たることねぇか?」
「えっ!?」
青みを帯びるセイに土方は、口角を上げる。
「トシ!冗談はよせ。神谷君、薬湯をいつも有難う。気配り上手の君のおかげで、大分胃の調子も落ち着いてきたよ。実は、君に頼みたいことがあってね、神谷君が薬湯を届けてくれる時間を見計らって、皆に集まってもらったんだ。」
ちらっと意地悪な物言いをした副長を睨み付け、セイは姿勢を正す。
「・・・はっはい。それで、頼みとはどのようなものでしょう。」
「トシ。」
近藤が土方に説明するよう促した。
監察方の調べにより、ある料亭で、毎月三のつく日に倒幕派が会合を重ねている事が分かった。
乞食に扮した山崎から、他の監察方がお金を恵む振りをして、情報を受け取る。しばらく、そうしていたのだが、どうやらこちらのそうした動きが気付かれたらしい。
その前まで得た情報から,かなりの大物が背後に居ることまで突き止めたのだが、日に日に強まる警戒心の為,それ以後山崎に接触できずにいる。又、無理に近づいても、山崎の命を危うくしてしまう。更に,その料亭の場所が新撰組の見回り範囲外である事も、この問題を厄介とさせていた。
そこで、一計を案じ、隊士が女装して、町娘として山崎と接触する事にした。そして、隊内で女装しても違和感のない人物―セイにその白羽の矢が立ったというわけだ。
山崎は監察方と同時に諸士調べ役でもあり、そういった面から考えても平隊士の中で彼の顔を知っている数少ないうちの一人セイが適任だという結果になったのだ。
ここ数日の張り詰めた空気の原因はこれだったのかとセイは得心がいく。
「我々が動くのは、顔が知られているだろうから、得策ではないし、こちらとしても、連中を斬るのは容易いのだが、今はもっと情報が欲しい。危険が伴う仕事だが、引き受けてはくれないだろうか。」
じっとセイを見つめる近藤。
「山崎君を見殺しにするような事はしたくない。」
そう静かに,しかし熱く近藤は語る。
「・・・分かりました。不肖、この神谷清三郎がお引き受けいたします。」
平伏してセイは承諾の意を示した。
「隊の中でも、弱年者の私。日ごろ至らぬ面が多くある私に先生方は、いつも本当の父上や兄上のように優しく接してくださり、とても感謝致しております。このような私にでも、皆さんのお役に立つことができるのだと思うと、嬉しさで胸が一杯でございます。このような場を与えてくださり、有難うございます。必ずや、成功して見せますので、宜しくお願い致します。」
再度,深々と頭を下げる。
この言葉に嘘はない。
自分が誰かの役に立てられるのだと思うと、嬉しさがこみ上げて来る。
「そうか、なら決まりだ。早速,手筈を整えるぞ。総司、あれ持ってこい。」
土方の命により,総司が持ってきたのは,女物の着物や装飾品。
それも一つや二つではない。
驚くセイに「土方さんの趣味ですよ。」と耳打ちした総司は、刹那土方に足蹴にされる。
この中から、好きな物を選べという事らしい。
一つ一つ、着物を手にとってみる。
生地が良い。なかなか値の張るものである。
「土方さんったらね。島原や祇園の女(ひと)に『あなたと出会えるなんて夢のようだ。屯所に戻ってもこの夢が覚めぬように,あなたの香りがするこの着物を頂けないだろうか。』って言ってもらってきたんですよ。だから、この着物はただなんです。本人は、経費削減の為だなんて言っていますけどね。まぁ、そんなわけなので、折角だからうんと値の張るものを選んだらどうです。」
・・そう、せっかくだから、せっかく女子の姿に戻れるのだから・・・と言外に匂わせる。
セイは、再び着物を手にしてゆく。
「おい、左之。何、矢立なんか取り出してんだ。」
「おう、ぱっつあん。今の土方さんの殺し文句、俺も使って見ようかと思ってよ。え~と、何だったけ?あなたと出会えるようなんて夢のようだ。屯所に・・・。」
「原田さん、後で僕に写させてね。」
「わーぁてるよ、平助。」
「おまえら~、そんなもの真似するんじゃねぇ!!」
いつもの三人組みに、副長の怒号が落ちた後、そんな様子にセイはため息をつきながら一つの着物を取り出した。
「では、この着物をお借りします。」
セイが手にしたのは、一番質素な感じのする着物。
「こっちのほうが、あでやかな振袖ですよ、神谷さん。」
「そうですが、そちらの着物は少々質が良すぎて目立ちます。町娘として,山崎さんに接するには、この着物の方が良いかと思います。」
「・・・そうか。なら、これでお開きだ。お前ら、この着物の柄を覚えておけよ。作戦は明日決行。神谷、詳しい打ち合わせをするから、この後,俺の部屋へ来い。総司や新八達はすぐに配下を集めて作戦を伝えろ。山南さんは、悪いが会津藩にこの作戦のことを文で伝えてくれ。」
立ち上がり、てきぱきと指示をする土方の足にすがりつく者が一人。
「土方く~ん!!僕は、僕は何をしたらいいんだい!!君の為なら、何でもするよぉ~!!」
涙目ですがりながら「土方君の足って、意外と細いんだね。」と言いつつ、すりすりと顔をなすりつける伊東に土方はこめかみをぴくぴくさせながら、パチンと指を鳴らす。
「お呼びでしょうか、副長。」
「内海さん、保護者のあんたが目を離してどうする。」
「すみません。きちんとしつけてはいるのですが。」
「どうでもいい。こいつを何とかしてくれ。」
「御意。」
土方の合図で、忍者のようにどこからともなく現れた内海は、伊東の首に手刀を食らわせ、「おさわがせしました。」と一礼し,去ってゆく。
一同唖然とする中、土方はフンと鼻を鳴らして自室に戻っていった。
しばらくし~んとした局長室は「トシ・・・、すっかり強くなって・・・。」としみじみとした近藤の言葉に元に戻る。
次々と自室へ引き上げる幹部達の様子を横目で見ながら、総司はセイの耳に口を近づけた。
「すみません。出来るだけ、あなたを女装させないように,頑張ってみたのですが、結果、こうなってしまいまして。」
そう、神谷清三郎こと富永セイは女子。
その事が公になってしまったら、脱隊あるいは、身分詐称の儀に問われてしまう。
セイが女子であることを知っている総司や山南はそれを案じているのだが、今回ばかりは他に良い案が浮かばず、影ながら見守る形となってしまった。
「大丈夫、気にしないでください。何とか、やってみますから。」
「くれぐれも、無茶はしないでくださいよ。」
「・・・はい。」
副長室へ行ってきますと,着物を持ち立ち上がるセイの背中を見ながら,総司は全てが上手くいきますようにと念じていた。
計画が上手くいきますように・・・。
神谷さんが危険な目にあいませんように・・・。
神谷さんが女子だと特に土方さんに知られませんように・・・。
しかし、最後の願いは、もうすでにかなえられていない事を、男は知る由もなかった。
冬が近づいてきた京の町に、木枯らしが吹き抜ける。
清冽な川に落ち葉がひらひらと舞い落ちる様子もまた風情である。
寒さの為か、往来する人々は皆急ぎ足だ。
そのような中、セイは女子の姿で歩いていた。
地味な着物でも、セイが身に付けるとそれさえも映えてくる。
着る人の心根を映したかのような美しさ。
緑なす黒髪には赤い櫛がよく似合い、又、一層項の白さを際立たさせている。
大きな瞳が、あどけなさをあらわして、美しさに可愛らしさが加わる。
つい、声をかけてしまいたくなる、そんな風貌だ。
しかし、セイは周りがそんな自分の姿に見とれているのに気付かず、「やっぱり、はかまの方が歩きやすいよ。女物の着物ってこんなに歩きづらかったけ?」と思いながら、目的地へと急いでいた。
「いいか、よく聞けよ。」
昨夜、副長室で土方から,策の詳しい説明をセイは受けた。
一、京言葉を使う事。
二、途中,隊士達と出会っても素知らぬ振りをする事。
三、山崎にお金を恵む場合、財布の口を開けたままにしておき、受け取った紙をさりげなく財布にしまう事。
四、お金を渡した際、山崎が手を振る回数を数える事。
五、その後、指定の寺に立ち寄り、本堂近くの地蔵に山崎と上手く接触できたら、一分金を一つ、上手く行かなかったら、二つ供える事。
六、全てが終わった後、指定の宿屋へ行き、二階に控えている総司達に事のあらましを報告し、自身はそこではかまに着替えて、
帰営する事。
七、新撰組を匂わすような言動はせぬ事。
八、危ないと感じたら、すぐに番屋へ駆け込む事。
九、途中、長人らを見つけても、顔と出で立ちとその場所を記憶するに止め、成敗しようと思わぬ事。
十、絶対に無茶をせぬ事。
土方の作成した分かりやすい地図を見ながら、セイは自分の行うべきことを確認する。
「・・・という事ですね。委細承知致しました。」
地図を見ながら、再度確認するセイに土方はポツリと言葉をもらす。
「悪ぃな・・・。」
この男からは、滅多に聞かれぬ詫びの言葉にセイは驚き顔を上げる。
「お前を女子だと知りつつ、こんな策しか浮かばなかった。」
自分を責めるようにうつむきながら言う。
「らしくないですよ,副長。私は、神谷清三郎としてこの役を引き受けたのですから。武士の前に男も女もありません。あるのは、心意気です。」
「だが・・・。」
「意外と心配性なんですね,副長って。大丈夫ですってば。あんまりらしくない事しないで下さいよ。明日,雨が降ったら困ります。」
茶化すセイに、土方の顔に笑みが戻る。
そう、今ごろとやかく言っても仕方がないのだ。
あとは、策が上手く進む事を願うだけ。
話題を変えるべく、土方は先程から気になっていた問いを投げかけた。
「お前、何でこの着物にしたんだ?」
いくつもある着物の中から、セイは一番地味なものを選んだ。
他の着物も派手といえば派手だが、町娘が着てもおかしくないような代物だ。
「折角だからうんと値の張るものを選んだらどうです。」
先刻の総司の言葉に自分も賛成である。
きれいな着物を着たいというのが女心というものであろう。
町娘には似合わないからという、もっともらしい理由も土方には空々しく聞こえた。
「・・・だって・・・。」
「だって,何だ。」
「貴方が、惚れた女の人の着物なんか着たくないですから!」
プイっと赤い顔を背ける女が、この上なく可愛いらしい。
「欲しくて、もらってきたんじゃねぇ。」
「えぇ、経費削減の為にですよね。倹約家なんですね,副長って。私、知りませんでした。」
「だからな・・・。」
「本当は、この着物も嫌なんですよ。でも、これが一番残り香がしなかったから。やむなくです。」
「あんまり、すねると可愛くねぇぞ。」
「可愛いくなくて、結構です。私は、武士ですから。」
完全にへそを曲げてしまったセイを土方は後ろから、抱え込み項に軽く口付ける。
「・・・っ。放してください。私、怒っているんですよ!!」
男の手から、逃れようとするが,力の差の前にその試みは崩れ去る。
「そんなに嫌なら、この着物に、お前の残り香をつけたらいいじゃねぇか。」
耳元でささやき、後ろをちゅっと吸う。
「ちょ・・・・ちょっと,副長!!・・・あと・・・,つけないで下さいよ!」
「悪い虫がつかねぇでいいじゃねぇか。」
「よっ・・・く・・・無いですっ・・・てば!!」
あとがつかぬ程度の強さで、後ろから土方は吸ってゆく。
「やめてほしけりゃ、一つ約束しろ・・・。」
セイの顔を己の方へ向けさせる。
「無事に帰って来いよ。」
「えっ!?」
「約束できねぇんなら、先進むぞ。」
セイの口に己のそれを合わせ、深く吸う。次いで、襟の合わせ目から、手をそっと忍ばせる。
「・・・・んっ。約束・・・します・・・っから。しますから!!やっ・・めて・・・下さい!!」
「よし。約束が守れたら、褒美にもっと良い思いをさせてやる。」
「結構です!!そんな褒美、願い下げです!!」
漸く解放されたセイは、「明日の支度がありますから。」と、また男に捕らえられぬようにすばやく身を離しドスドスと足音をさせて退室する。
「そうムキになるから、こっちもやめられねぇんだよ。」
くっくっくっと忍び笑いをした土方は、セイが選んだ着物を見やり、心の中でセイに話し掛けた。
・ ・・こいつは、女の残り香なんてしないはずだぜ?神谷。なぜなら、以前,俺が買ってきたものだからな。・・・
見慣れぬ町並みに、不安を抱きながら、セイは歩いていた。
「地図を頭に入れろ。」
そう言われ、昨夜、何度も頭の中に描き浮かべられるようになるまで、穴があくほど,地図を見た。
それでも、やはり不安は拭えない。
それを振り払うかのように、セイは歩を早めた。
あと、二つ向こうの角を曲がれば、件の料亭である。
「神谷さん、大丈夫でしょうか?」
宿屋で待機している総司は、誰に言うのでもなくそうつぶやいた。
こちらには、新八とそれぞれの隊から手練れの者数名が待機している。
「あいつなら、上手くやるさ。池田屋の時みたいにな。」
無精髭をなでながら、新八は弟分を落ち着かせるように言った。
「そう・・・ですよね・・・。」
「むしろ、心配なのは、お前の方だぜ,総司。あの時、昼間笠もかぶらず、凧揚げをしていて遊んでいたのが倒れた原因だっていうじゃねぇか。今日は、大丈夫だろうな。」
盃をくいっと傾け,からかいの眼差しで問い掛ける。
「いや・・・本当に,あの時は、面目ない。今日は、大丈夫ですよ。」
「ならよ、神谷に何かあったらどうしようと考えるんじゃなくて、同じ考えるのなら、この仕事が早く片付いてどこの甘味処へ連れて行こうかとそう考えてみろよ。なっ?」
普段、おちゃらけていても、仕事となるとけじめをつけ、頼もしい兄貴分の言葉に、総司は「はい。」と力強く頷いた。
「もし。」
町娘が、乞食に声をかける。
「少ないけれど、何かのお役に立てておくれやす。」
その声に乞食は顔を上げる。
こけた頬に隈が出来た目。
一瞬、大きく目を見開いたその顔は、まさに乞食そのもので山崎とは思えなかった。
さすが、優秀な監察方である。
「おおきに。おおきに。」
お金を差し出したセイの片手を山崎は両の手でブンブンと上下に振る。
「人の情けを生まれて,初めてもろうた気がするわぁ。」
カサッ
セイの手に小さな紙がその間に渡される。
土方に言われたとおり、開いたままの財布にそれらをさりげなく入れ、しまう。
山崎が手を振った回数は五回。
「それでは、うちはこれで。これからお寒ぅなりますから、お体に気ぃ付けておくれやす。」
山崎を労わる言葉をそっと交ぜる。
「見ず知らずの人にこないな温かい情を頂いて、何や人生やり直そうという気になったわ。もうすぐ、日が沈むさかい、あんさんも気ぃつけて、行きや。」
山崎もまたそっと、セイを案じる言葉をそっと忍ばせる。
「ほんなら、うちはこれで・・・。」
セイはその場を後にした。
「トシ、何処へ行くんだい。」
近藤は、出かけようとする土方に尋ねる。
屯所では、局長室に近藤・土方・山南の三人が一言も話さずにいた。
その沈黙を遮るように,突如土方が、立ち上がったのである。
「気分がすっきりしねぇ。女を抱きに島原!!」
乱暴に障子を開け退室する土方に山南が声を荒げる。
「土方君!こんな時に、島原にだなんて!」
しかし、それには答えず、フンと鼻をならして土方は自室へ向かった。
「局長!」
しかし、意に反して近藤は笑みを浮べている。
「あれは、トシの照れ隠しさ。行き先は、島原ではないよ。素直に様子を見てくると言えばいいものを。トシが立てた計画だ。その本人が、気にならないはずがない。」
「そうですよね・・・。」
山南は、土方のその気持ちをくみ取れなかった自分を恥じるようにうつむいた。
「トシはな。悪い奴じゃねえんだ。悪ぶってはいるがな。さっきの態度も大好きな山南さんにまで、病み上がりなのに心配かけてしまう自分を責めているのさ。悪く思わないでやってくれ、山南さん。」
開け放たれたままの障子を見ながら言う近藤に、その答えとして、山南は笑みを返した。
晩秋である今時分、日は早々と己の役目を終わらせ、沈んでしまう。
夕日を背に浴び、セイは境内に急ぎ足を踏み入れた。
山崎に会った後、そのまま来た道を戻ったのでは、わざわざ山崎に会いに来たように思われ、怪しまれる。そこで、来た道をそのまま進み、料亭の前を通らぬよう少ししたところにある寺で方向転換し、一本向こうの道を帰って帰途へつく。
土方の策は細やかな所にまで、抜かりがなかった。
漸く本堂近くの地蔵にたどり着いたセイは、山崎に出会えたらそうするようにと言われていた一分金を供える。
後は、総司達の待つ宿屋へ帰るだけである。
ほっと、肩の荷が下りた気になる自分を、屯所に戻るまでが隊務だと気を引き締めなおす。
・ ・・お地蔵さん。どうか、私をお守りください・・・。
そう念じ、目を開けた瞬間、地蔵に大きな影が出来る。
振り向いたセイの目に映ったのは、三人の浪士。
背に地蔵、左右それに前にその三人が位置し、囲まれた形となった。
立ちすくむセイに、前にいた浪士が、更に近付き、問い掛けた。
「よぉ、娘さん。その一分金は何の暗号だい。」と。
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